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社会科学から読み解くモビリティ革命 『モビリティーズ-移動の社会学』翻訳者 吉原 直樹 氏 インタビュー

2020/5/27(水)

新型コロナウィルスがもたらした世界の状況は、いかに「移動」が現在の社会の根幹となっているかを証明している。グローバルな移動によってウイルスが世界中に拡散し、ウイルスを封じ込めるために移動を制限すると、世界の経済活動が急激に減速する。このような社会のあり方をいち早く示していたのが、『モビリティーズ ― 移動の社会学』という一冊の本だ。社会科学において最も注目される研究者の一人である、ジョン・アーリ氏は、2008年に本書を出版し、移動に根ざした社会学という新境地を切り開いた。同書では、圧倒的なボリューム、膨大な事例と共に、モビリティがいかに社会の根幹を成し、社会を変えてきたかが示されている。

この本を読み解くと、現在のモビリティ革命が、これからどう社会を変えるかを考えるヒントが得られるはずだ。翻訳者である吉原直樹氏(東北大学名誉教授・横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院 教授)に話を伺った。

(記事/齊藤せつな)


『モビリティーズ ― 移動の社会学』表紙画像

『モビリティーズ ― 移動の社会学』

(著)ジョン・アーリ (訳)吉原 直樹・伊藤 嘉高


■社会科学の大家、ジョン・アーリ

―この本はどのような背景で生まれたのでしょうか。

吉原氏: 社会科学では近年、大きな地殻変動が起こっています。従来の社会科学では物事の解釈に「線形理論」を用いていました。それはある事象Aが事象Bに進むというように、物事の因果関係を線形的に捉える理論です。

ところが、30年くらい前から、「複雑系」という考え方が現れました。時代が進むとともに、線形的な因果関係を追い求めるモデル理論自体が壁にぶつかり、それに代わって社会を複雑なままに非線形的に捉える見方が立ちあらわれるようになりました。

この複雑形の考えをベースにして、『モビリティーズ』が著わされ、それにもとづいて社会を捉え直す新しい動きが出てきました。この本の著者、ジョン・アーリはその中心にいた人でした。

彼はもともと、観光の社会学やツーリズム研究でよく知られた人で、『観光のまなざし』という本は今日にいたるまで広く読まれています。その後、2016年に亡くなるまで移動に強い関心を寄せ、『場所を消費する』、『社会を越える社会学』という本を著わしています。

吉原 直樹 氏

吉原 直樹 氏


■移動から流動へ

―「モビリティーズ」によって、社会の見方はどう変わったのでしょうか?

吉原氏: 「移動」という概念が非常に重要な意味を持つようになりました。さらに「移動」自体が「流動」という言葉で表現されるなど、概念も変わってきています。

今まで、移動というのはある地点から別の地点に行くといった場合によくみられるように、線形的に捉えられていました。たとえば、地域移動といえば、地方から都会に行く、あるいは都会から地方にといったUターンとかIターンなどとして捉えられ、非常にパターン化されていました。

しかしグローバル化が進むとともに、人の移動は海外に駐在したり国内を転勤する場合でも、一方向的なものからさまざまな経路をたどったり、迂回するといった、多種多様なパターンが見られるようになっています。

そうしたなかで線形的な考え方自体、リアリティを持ち得なくなっています。実際、グローバリゼーション研究では、人やモノやお金のグローバルな移動を複線的で多次元的に描くことが中心になっています。

■感染症の拡大は、移動の技術が発達したがゆえに

―移動の技術の発達によって、社会はどう変わってきたのでしょうか。

吉原氏: 一つの大きな変化は境界がなくなってきたことです。グローバリゼーションが進んで、ボーダレスな移動が見られるようになり、定住や境界などを前提にすると、リアリティに欠けた議論になります。

たとえば現在、社会を恐怖に陥れている感染症は、グローバリゼーションを端的に表すものです。移動の技術がものすごく発達したことで、あっという間に広まる。

そして、これを国民国家がいくら防ごうとしても限界がある。国家を超えたリスク管理がこれから必要になります。

■今までのカーシステムを成立させたのは、石油・ハイウェイシステム・郊外住宅地

―現在のモビリティ革命はどこに向かうのでしょうか?

吉原氏: まず近代のモビリティ、特に自動車社会を成立させているものをおさらいしましょう。

一つはエネルギー。現在の自動車社会の発達は、石油が発見されたことが非常に大きいです。これはフォードの出現と台頭に密接につながっています。

もう一つ大きなものは、ハイウェイシステム。アメリカでは、1920年代から30年代にかけて、ハイウェイシステムが猛烈な勢いで発達しました。

そして郊外に住宅地ができ、世帯は住宅を持つ。つまり住宅産業と連邦政府のハイウェイシステムと自動車会社の三位一体となったコラボレーションで、自動車社会を大きく進めていきました。

クルマは特に、個人消費の重要なアイテムでした。クルマを持っているということは、ある意味では社会的地位を表象し、スピード、セキュリティ、達成感や自由を得ることができます。そうしてクルマが認知され、人々の生活にとって不可欠なものになっていきました。

■今はポスト自動車社会の時代に

―その自動車社会が変わってきたと。

吉原氏: はい。今では大きく状況が変わっています。まずエネルギー。今、世界的に脱炭素が叫ばれているように、環境問題に関する議論が沸いています。また、個人消費の対象として、クルマに喜びを見いだす人が少なくなっています。

たとえば、私が教鞭を執っている大学で学生にスマホとクルマどちらを取るかと聞くと、90%がスマホと答えます。都市部の生活では、実際にクルマが必要ない点も大きいですね。

このように、今はポスト自動車社会の時代に入っていると思います。クルマは地域によっては必要ですが、軽自動車など実用的なものが流行っています。また、エネルギー問題や環境問題とリンクするようなポスト自動車社会が問われてきているのではないでしょうか。

■自動車は情報を収集する存在に

―自動運転やMaaSなどで、ポスト自動車社会はどう変わるでしょうか。

吉原氏: まずEVやドライバーレスカーが中心になってくると思います。今まではクルマと運転手という関係が中心でしたが、これからは運転手のあり方が変わってきます。それをどう考えていくのか。AIが非常に重要な役割を果たすようになると思います。

また、クルマの機能が変わると思います。クルマは人と人をつなぐもの、あるいは、コネクテッドカーのように情報を集める存在になるのではないでしょうか。動くことでさまざまな情報を集積して、別のところに移す。恐らくこれからのクルマは、情報を集積して、読み解いて、発信する、ある種のステーション的な機能を持つ存在になるのではないかと思います。

それと、垂直移動。今あらゆるモビリティカンパニーが、空飛ぶクルマの開発を進めています。物流のドローンと並行して進み、垂直移動が進展するのではないでしょうか。

■MaaSの本質的な意味は考えるべき

ーMaaSについてはどうでしょうか。

吉原氏: MaaSは、今、日本では、実装化直前の段階に入っていると思います。国交省の資料などを読むと、SDGsに適合しており、高齢化対策としても有用であるなどと、その現代的意義が強調されています。基本は、自分の家から目的地に行く場合に、できるだけ無駄がなく効率的に、リーズナブルに移動できることにあるようです。

ただ、若い世代に聞くと、そんなことを決めてもらわないほうがいいとも言います。つまり移動というのはいろいろな選択があって、その方が楽しめるというわけです。MaaSは効率性や機能性に重きを置いていますが、そのようなことも考える必要があります。MaaSはスマホ決済が前提となっているようですが、スマホがこれから進化していくと、ビッグデータの集積化が進むとともに、個人情報保護の問題が出てくると思います。

また、モビリティカンパニーがMaaSにどう対応していくのか。これからの時代は、社会的シェアリングがきわめて重要になってくると思います。だから、ライドシェアリングといっても、単に車に乗り合いするだけでなく、社会のひとつの大きな流れとして、互酬や協業の関係をおしすすめるものとして理解すべきです。そのような点で、MaaSがどういう方向に行くか注目しています。
※互酬:互いに報酬を受け取ること。集団間における財やサービスの運動によってギブ・アンド・テイクを促進し、相互依存の関係。

〈未来像〉の未来表紙

『<未来像>の未来』
(著)ジョン アーリ (翻訳)吉原 直樹・高橋 雅也・大塚 彩美


■ジョン・アーリ氏が残した未来予測

―移動の研究はこれからどう進んでいくのでしょうか?

吉原氏: 実はアーリは、社会未来研究所という研究機関を立ち上げて、これからというときにお亡くなりになりました。ずっと移動研究を引っ張ってきて、これからという時だっただけに、残念です。

2016年、亡くなられた年に、遺作として『What is the Future?』を発行しています。私たちはそれを翻訳し、『〈未来像〉の未来』というタイトルで2019年11月に出版しました。アーリはそこで未来を予測していますが、彼が予想した以上に早く、もう未来はすぐそこまでやってきています。つまりに「未知の未来」から「既知の未来」になりつつあります。

これからは、さまざまな分野をまたいで移動についての議論が広く行われていくと思います。今までは交通工学に代表されるように、理工学の分野が主導していました。しかしいまや、人文社会科学を含めて考えることが非常に大きな流れになってきていると感じます。

そして、文化理論や社会学、地理学、建築学、まちづくりなど、さまざまな方面での関心が高くなっていると感じます。日本でもこのような議論への関心の高まりを感じていますが、実質的にはこれから進んでいくと考えています。

【当記事は、雑誌LIGARE Vol.50に掲載した記事をWeb用に再構成したものです】

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