【特集】自動運転の現場から 塩尻市の自動運転バスの導入プロセスに迫る
2025/12/10(水)
今後、公共交通のドライバー不足は深刻で、自動運転の技術の活用は必須だ。ますます活用する事例が増えることは間違いなさそうだ。一方、自動運転の現場担当者の方より情報共有とネットワーキングの機会が不足している欲しいとの声や、これから導入する場合はどうのように進めればよいのか悩んでいる担当者も多いようだ。
そこで、自動運転に取り組む地域の自治体担当者、首長、交通事業者に話を聞いていく企画を立ち上げた。第1弾として全国に先駆けて自動運転バスの導入に取り組んできた塩尻市商工観光部先端産業振興室室長・太田幸一氏、一般財団法人塩尻市振興公社地域DX事業部マネージャー・宮坂歩氏、塩尻市商工観光部先端産業振興室係長代理・百瀬亮氏に話を聞いた。
(取材・文/モビリティジャーナリスト 楠田悦子)
そこで、自動運転に取り組む地域の自治体担当者、首長、交通事業者に話を聞いていく企画を立ち上げた。第1弾として全国に先駆けて自動運転バスの導入に取り組んできた塩尻市商工観光部先端産業振興室室長・太田幸一氏、一般財団法人塩尻市振興公社地域DX事業部マネージャー・宮坂歩氏、塩尻市商工観光部先端産業振興室係長代理・百瀬亮氏に話を聞いた。
(取材・文/モビリティジャーナリスト 楠田悦子)
自動運転導入初期を振り返る(2019年度〜)
ーーなぜ自動運転の活用を検討し始めたのですか?塩尻市商工観光部先端産業振興室室長・太田幸一氏(以下、太田氏):2019年に自動運転の導入検討が始まりましたが、その当時、私は塩尻市振興公社に所属していました。
市が100パーセント出捐する塩尻市振興公社は、平成22年(2010年)に厚生労働省の「ひとり親家庭等の在宅就労支援事業」としてはじめた自営型テレワーク推進事業「KADO(カドー)」を運営しており、時間や場所に制約があっても「働きたい誰もが、働ける機会をつくる」ことをミッションに時短業務やテレワーク環境の整備などを進めています。
主な受注業務は、画像認識AI教師データ作成・自動運転用3次元地図データなどのデジタルデータ作成、経理・調達・人事・財務などのバックオフィス関係、AIオンデマンドバス電話オペレーター、DX関連実証実験サポート、GIGAスクールサポート、住民向けデジタル活用支援事業、コロナ経済対策サポート、ワクチン接種サポートなどです。2024年時点で約400人のワーカーが就労しており、受注件数は堅調で、企業や自治体からのアウトソーシングで約3億円の売上があります。自動運転に必要不可欠な高精度3次元地図データの作製はアイサンテクノロジーからの委託でした。
そしてある時、アイサンテクノロジーから「業務で培った信頼関係やKADOのリソースを生かし、自動運転の社会実装に向けて一緒にチャレンジしないか」と提案があったのです。
委託を受けている事業者からの提案でしたので無碍にはできないと思い、自動運転について全然知らなかったので、アイサンテクノロジーからは、自動運転の技術や現在地と将来性などについてレクチャーを受けたうえで、当時の副市長や企画部門とともにコストや失敗する、自治体への効果を整理しました。
その結果、得られるメリットがリスクを上回ると判断し、提案から数ヶ月という短期間で庁内の意思決定や関係者調整を行い、2020年1月に包括連携協定を締結しました。
塩尻市が自動運転に取り組む目的は、大きく三つあります。一つは自動運転の本来の目的である公共交通の運転手不足の解決です。運転手不足は行政の課題で、公共交通を維持する上で、自動運転は課題解決になると期待されています。ただ、地域公共交通の一翼を担うまでには時間がかかるというのも同時に理解できました。
自動運転で運転手不足が解決できるまでの間、「どういう成果をこの地域にもたらしていくのか」議論をした結果、生まれたのが二つの目的です。
一つはKADOへの業務受注の増加です。アイサンテクノロジーとともに協力して自動運転の社会実装を本気で目指すことにより、両者や自動運転関連企業との関係性が強化され、そこで更にKADOに仕事が増える可能性がありました。
二つ目は産業振興です。自動運転やそれに加えて実施を検討していたオンデマンドバスに取り組むことを検討し始めた際、ティアフォー、損保ジャパン、KDDI、三菱商事などの企業と連携することが見え始めていました。これまでにつながりの無かった分野で多様な企業と関係性を構築することができ、それが官民連携による新たな地域課題の解決に繋がると考えました。その中でも、三菱商事は、西日本鉄道と共同出資して設立したネクスト・モビリティが運営するAI活用型オンデマンドバス「のるーと」の地域実装を始めた段階であり、地域公共交通の変革にともに取り組めるのではと考えました。
行政主体で予見整理や身の丈にあった政策をつくることができた
ーー民間企業のような感覚で動いていますね太田氏:2019年10月にアイサンテクノロジーから提案を受け、2020年1月にアイサンテクノロジーやアルピコホールディングス、塩尻市振興公社、ティアフォー、損害保険ジャパン、KDDIと「長野県塩尻市における自動運転技術実用化に向けた包括連携協定」を締結しました。約2ヶ月間で予見整理や計画の作成、関係者の調整、包括連携協定に関わるタスク管理、文章作り、場の設定、報道機関への呼びかけなどを塩尻市が主導して進めました。一般的には、連携協定を結ぶ民間企業が、これらを担うケースが多いようです。
ポイントは、行政主体で、正しく自動運転を理解して、予見整理を行い、身の丈にあった実現可能な政策を作れたことです。
原点は交通課題の解決ですが、社会実装されていない自動運転を交通課題の解決の目的以外でも、しっかりと意味付けできたことが大きかったのだと思います。自分たちの目で見て正しく設定するので、撤退判断もしやすくなりました。
連携協定締結後の約2ヶ月間は準備を早急に進めました。まずは実証実験の資金調達です。2週間走行する自動運転レベル2の実証実験のコストも高額で、自治体ですぐに準備はできません。そこで補助金や交付金の情報をもち、関係省庁とのパイプもある連携事業者に繋いで頂きました。包括連携協定を結んだ直後には、当時の副市長と担当者で関係省庁に、目的や本市の目指す姿、実施体制など自動運転を社会実装する意気込みを伝えたところ、経済産業省「新地域MaaS創出推進事業」を紹介されました。その事業は、自動運転だけではなく、MaaSも要件に入っており、自動運転とAI活用型オンデマンドバスの社会実装を目指す本市の交通DXが始動しました。

出典:塩尻市「塩尻市における自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定」締結式
主体的に動く人材づくり〜クリティカル・シンキングや「AsIs」「ToBe」研修〜
ーーまるで民間企業のような動きだと感じました。人材育成や組織改革のようなことを行なわれたのですか?太田氏:塩尻市は2015年から5年間かけて民間企業とともに、客観的な視点で考える思考法「クリティカル・シンキング(批判的思考)」の研修や理想と現実のギャップを埋め事業計画や戦略立案をする「AsIs(アズイズ)」「ToBe(トゥービー)」研修を受け、10年かけて部署横断的に取り組みやすく風通しの良い組織文化を作ってきました。
これらの研修や組織文化で育った職員がいるため、新規事業の立ち上げや事業推進において課題があれば、現状分析や問題を可視化し、どう対応するか、各々が主体的に動くことができるようになりました。
例えば、自動運転の立ち上げの時のことです。プロジェクトの初期はタスク整理されていません。しかし、メンバーになった職員は、タスクが振られるのを待つのではなく、自らどんどんタスクを探し出して動き始めました。一つ一つ丁寧に課題を炙り出して潰していく。研修で予見整理や企画立案、官民連携などの演習を用いて丁寧にやったことが生きています。
もし“ゼロイチ”部分を外部企業に依頼してやってもらうとしたら高額なコストがかかる可能性があります。予算がない導入前にはコストもかけられません。また、中心人物一名が行政側にいて、その人が全部タスクをこなすことも多いと思うのですが、それではどうしてもスピードが落ちます。行政側で、動ける人が複数人いるからこそ、属人化しないで組織で動き、みんなで協力して事業を作り上げることができるのです。
このような行政であるため、連携協定に向けた準備を進める時点から、自動運転システムや構成要素を開発・提供するベンダーから単なる顧客ではなく、事業パートナーとして認識されたのだと思います。
立ち上げ期コロナ禍の苦労
ーー立ち上げ期は、問題を把握して一つ一つ潰すことができれば、困ったことは少なかったようですね。その中でも困ったことを挙げるとすると何でしょうか。太田氏:立ち上げ期で1番困ったことは、新型コロナウィルス感染症が流行し、外出禁止になったことです。リアルで関係者と会って打ち合わせができなくて、オンラインベースで協議を行わないといけませんでした。複数社との連携が必要で、考え方が違うので、言いたいことをなかなか言えませんでした。ですが、コロナ禍も長期化しましたので、表面的な話ばっかりしていてもしょうがないと、途中で割り切り始めて、思い切って言いたいことは言うようにしました。
一番つらかった実証実験開始の時期(2020年度〜)
ーー実証実験が始まってからはいかがでしたか?太田氏:実証実験が始まってからが、一番辛い時期でした。実際に動き始めるとかなり色々な問題が起きたんです。自動運転に関する技術的な知識やノウハウが全くと言っていいほど足りなくて、目に見えないものもたくさんあったので、何ができて、何をやってはいけないか、行政側は判断できなかったのです。そのため運行に関してはアイサンテクノロジーとティアフォーに頼っていた時期がありました。
例えばODD設計時にルート上の走行速度を聞かれたことがありましたが、当時の自動運転技術や地域内における許容具合がわからず、返答に困ることがありました。また、実際に走行してみると想定していたよりも手動介入の頻度も多く、なぜドライバーが頻繁に介入しなきゃいけないんだろうと疑問に思いました。いま思えば自動運転のソフトウェアや車両もまだまだ発展途上だったので、手動介入の頻度がかなり高かったと思います。また、どういった環境あれば自動運転率が高いかもわかりませんでしたので、ルート選定も難しかったです。問題を可視化して対処しようという思考はあるけれど、何が問題か分からなかったのです。
また、その当時使っていた車両は、ジャパンタクシー、埼玉工業大学のマイクロバス(リエッセⅡ)、グリーンスローモビリティでした。特にグリーンスローモビリティは、時速19キロ以下しか速度が出ないため、交通安全というロジックをつけて説明していました。
継続的に自動運転実証を続けたことで技術の知識と知見ノウハウが蓄積され、どこを走れるか、どこを走れないかがわかるようになりました。アイサンテクノロジーやティアフォーから自治体側に自動運転に対する理解、知識が備わっていることは非常に心強い、頼りになると言われたことがあります。
やりたいことができるようになってきた時期(2022年度)
太田氏:塩尻市に自動運転の技術の知識と知見ノウハウが蓄積され、やりたいことをやり始めた年です。グリーンスローモビリティーを使った自動運転サービスでしたが、小学校の校庭で技術体験会を行うなど受容性向上も含めた取組を行うことができました。しかし、グリーンスローモビリティを使った自動運転では、社会実装というゴールまではまだ遠いと感じました。自動運転レベル4の実装に耐えられる車両が登場してきた時期(2023年度)
太田氏:ティアフォー製「Minibus(ミニバス)」が導入されたことにより、公共交通の運転手不足の解消を鑑みた自動運転の実装に耐えることができる車両が登場してきたという実感が持てました。これにより自動運転レベル4に向けて塩尻市と自動運転システムやその構成要素を開発・提供する企業ベンダーが同じ目線を合わせて動くことができるようになりました。自動運転レベル4の定常運行に向けて動き出した時期(2024年度〜)
太田氏2024年は、自動運転レベル4の定常運行に向けて、「Minibus(ミニバス)」を使用して一般公道混在空間で実勢速度域での実証実験を全国初で行いました。今まで過去4年間やってきたものが成果として明らかになったのです。
2025年は、定常運行ルートを引いて公道で走らせていきます。多くの人に乗ってもらい、日常使いしてもらえるサービスに育てていきたいと思っています。
課題はあるが正確に把握ができている
ーー自動運転レベル4の定常運行に向けて動き出した今、困ってらっしゃることは何ですか?一般財団法人塩尻市振興公社地域DX事業部マネージャー・宮坂歩氏(以下、宮坂氏):技術面に関しては、自動運転バスに関する技術的な知見が深まり、ノウハウが蓄積できてきており、課題の把握が可能になり戦略が立てやすくなりました。
今の課題は事業面のことで明確な答えが見出せていません。やはり、コストは普通のバスに比べて明らかに高いので、事業性の観点でコストをどう下げていくのか、収益をどう確保していくか、チャレンジしているところですが、明確な解決策が見出せていません。
太田氏:課題はありますが、それを正しく把握できているし、そこに対する打ち手も持ち始めています。何をしたらいいか分からなくて困っていることはないと考えています。
一つあるとすると、実証実験のコストがまだかかるので、その資金調達が必要なことです。例えば2025年度の約1.25億円のコストを市予算単独で計上することは困難であり、これは国土交通省や経済産業省などによる予算や事業支援のバックアップが必要です。
議員が疑問に感じられることを正しく把握し丁寧に説明
ーー自動運転の推進には議会の理解が大切になりますが、議会の反応はいかがですか?太田氏:自動運転をはじめた2019年頃、国内で自動運転の取組事例は少なかったこともあり、自動運転について知ることができる環境はありませんでした。そこでまずはすべてオープンにして丁寧に説明することに努めました。特にコスト面について質問が集中すると思っていましたので、わかりやすく情報をまとめました。また、触れていただくことが大切であり、試乗会へ都度案内するとともにシンポジウムやワークショップに参加していただいたりしながら、リスクも含めてすべてをオープンにして説明してきました。自動運転についての疑問点やリスクを持ってくださる方はありがたい存在ですので丁寧に説明を行ってきています。特に地域公共交通のドライバー不足の解決、産業振興、ブランドイメージ向上の点に注力してきました。
市民にできるだけ試乗してもらうように努めた
ーー住民の反応はいかがですか?塩尻市商工観光部先端産業振興室係長代理・百瀬亮氏(以下、百瀬氏):2021年度はグリーンスローモビリティの自動運転車両を使い、駅と商業施設を結ぶルートで試乗会を開催しました。当時はまだ知名度が低かった自動運転を知ってもらうため、集客力のある商業施設と連携し、事業PRを行いました。
2022年度は、受容性向上のためには若年層への訴求が効果的ではないかという仮説から、市内小学校の校庭で小学生300人に対して試乗体験会を行うとともに、駅から高校までのルートを設定して運行しました。2023年はティアフォーMiniBusが導入されました。その時に感じたことは、”車両の見た目や乗り心地の重要性”です。車両が大型化し座席間隔の広いMiniBusになると毎日乗ってくれる高校生が出るまでになりました。Minibusになってからは事業認知度の向上もあり、市内外問わず多く方に試乗いただけるようになりました。
事業PRという点ではメディアの方との協力も必要不可欠です。これまでにも多くのマスメディアの方が取材に来てくださり、取材後は多くの試乗者が来訪する効果もありました。市でも連携事業者へ塩尻市の自動運転事業に対する思いなどをインタビューし事業PR動画を作成するなど、積極的なPR活動に努めてきました。また協議会やコンソーシアムの資料をHP上に公開し、常に情報をオープンにすることを心がけています。
最近では長野県内の大学生が塩尻市の自動運転の取り組みについて卒論テーマとして取り上げてくれました。また、市内の中学3年生が塩尻市の特徴である自動運転バスのCMを作成しコンテストに応募するためのヒアリングを受けました。自動運転レベル4で走る自動運転について、市が配信した動画を全て見て勉強してきてくれていましたので大変嬉しく思いました。これが単発だけではなくて、今後も継続的に行われることを期待しています。
民間企業に任せきりにしない、徐々に地域に吸収していく
ーー連携先の民間企業探しで大切なことは? 自動運転システムやその構成要素を開発・提供するベンダー、自動運転の導入を支援するサービサー、企画や伴走支援をしてくれるコンサルティング会社を探す際に大切だと思うことは何でしょうか?太田氏:民間企業に任せるのではなく、自治体が自ら予見整理を行い、計画・戦略立案、タスクの洗い出しや管理を行うことです。自治体ができないことを、サービサーやコンサルタントに依頼すること、そして一緒に伴走してもらうこと。最終的には自分たちでできるように、学習して身に付ければ地域に移転していき、地域に吸収していく姿勢が非常に大切だと思います。また対等な関係を構築すること、民間企業に選んでもらうために、将来のことも含めて考えることも必要です。
長期的に取り組むなら地域公共交通に位置づける
ーー地域公共交通計画に位置づけることでどう変わりますか?太田氏:自動運転バスを法定計画に位置づけることは事業継続につながります。自治体側の担当者が異動した場合でも継続することができますし、対内外的な説明のしやすさにもつながります。また、長期的に事業を進めるという意思があると見えるため、補助を出す側としても単年度で終了しないという安心感があると思います。今の塩尻市地域公共交通計画では、自動運転について実証実験を行うとしていますが、2027年度からの次期塩尻市地域公共交通計画では自動運転バスの活用について明記を検討しています。
太田幸一氏 塩尻市商工観光部先端産業振興室 室長
経歴:2000年に塩尻市役所入庁。塩尻インキュベーションプラザ「SIP」、自営型テレワーク推進事業「KADO」、シビックイノベーション拠点「スナバ」、自動運転・MaaS、塩尻市DX戦略、地域DXセンター「core塩尻」など、DX・地方創生領域での新規施策や施設の立ち上げを担当。2022年より現職。
宮坂歩氏 一般財団法人塩尻市振興公社 地域DX事業部 マネージャー
経歴:2011年にアルピコ交通株式会社入社。経営企画部門・情報システム部門などを経て、2023年より一般財団法人塩尻市振興公社に出向。
百瀬亮氏 塩尻市商工観光部先端産業振興室 係長代理
2011年に塩尻市役所入庁。2005年に経済産業省への1年の派遣を経て、帰庁後に自動運転・MaaS事業に従事。







